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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)1410号 判決 1998年4月07日

原告

紀井正尚

ほか一名

被告

工藤美也子

主文

一  被告は、原告紀島建業株式会社に対し、金七五万一六九六円及び内金六八万一六九六円に対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告紀伊正尚の請求及び原告紀島建業株式会社のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告紀伊正尚に生じた費用と被告に生じた費用の五分の四を原告紀伊正尚の負担とし、原告紀島建業株式会社に生じた費用の五分の三と被告に生じた費用の一〇分の一を被告の負担とし、原告紀島建業株式会社に生じたその余の費用と被告に生じたその余の費用を原告紀島建業株式会社の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告紀伊正尚に対し、金四九〇万三三四八円及び内金四〇三万三三四八円に対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

二  被告は、原告紀島建業株式会社に対し、金一二一万二八〇五円及び内金九五万二八〇五円に対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車と原告紀伊正尚(以下「原告紀伊」という。)運転の自転車とが衝突した事故につき、原告紀伊及び原告紀島建業株式会社(代表取締役原告紀伊)が被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年二月四日午後六時三五分頃

場所 大阪府茨木市舟木町八番三二号先交差点(以下「本件交差点」という。)

事故車両一 普通乗用自動車(大阪七八ま五三三三)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 自転車(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告紀伊

態様 東から西に向けて走行中の被告車両が北から南に向けて走行中の原告車両側部に衝突した。

2  損害の填補

原告紀伊は、本件事故に関し、被告から九六万二七一二円の支払を受けた。

二  争点

1  被告の過失

(原告らの主張)

自動車の運転者は、交通整理の行われていない交差点内に進入する際、交差道路を通行する車両等に特に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務があるのに、被告はこれらの義務を怠り、漫然と進行した過失により、本件事故を起こしたものである。

(被告の主張)

否認する。

2  原告紀伊の過失

(被告の主張)

本件事故は、被告車両が、夜間低速で本件交差点を直進していたところ、原告車両が無灯火で一時停止を無視し、左通行を守らずして走行してきたための出合い頭事故であり、六〇パーセントの過失相殺をすべきものである。

(原告らの主張)

争う。本件事故の現場は、市街地であり、スーパーマーケットが存在する照明のある明るい交差点であり、原告車両が無灯火であったかどうかにより、事故発生に影響するような状態ではなかった。また、原告車両の速度は、速いものではなかった。被告の過失と原告紀伊の過失とを対比すると、四〇パーセントの過失相殺が相当である。

3  原告紀伊の損害額

(原告紀伊の主張)

(一) 治療費 九三万一九三九円

(二) 雑費(装具代、文書費) 三万〇七七三円

(三) 休業損害 四〇〇万八三七四円

(四) 逸失利益 一二五万五六八〇円

(五) 通院慰謝料 一一〇万円

(六) 後遺障害慰謝料 一〇〇万円

(七) 弁護士費用 八七万円

(被告の主張)

不知。

4  原告紀島建業株式会社(以下「原告会社」という。)の損害額

(原告会社の主張)

原告会社の損害 一五八万八〇〇八円

(被告の主張)

不知。原告会社主張の損害は、いわゆる企業損害であり、予見可能性は存せず、認められない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1及び2について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲七、乙二、原告紀伊本人。ただし、以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府茨木市舟木町八番三二号先交差点であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件交差点は、南北方向の道路(以下「南北道路」という。)と東西方向の道路(以下「東西道路」という。)とがほぼ十字型に交差しており、信号機による交通整理は行われていない。南北道路は、南行の一方通行路であり、車道部分の幅員は約二・八メートルである。東西道路の車道部分の幅員は約三・三メートルである。南北道路の本件交差点手前には、一時停止規制が行われている。南北道路及び東西道路は、いずれも最高速度は時速二〇キロメートルに規制されている。南北道路、東西道路ともに、本件交差点における左右の見通しは悪い。本件事故現場は、夜間であっても照明により、比較的明るい状態であった。

被告は、平成七年二月四日午後六時頃、被告車両を運転し、別紙図面<1>地点において減速して時速約二〇キロメートルで本件交差点に進入し、同図面<2>地点において南に向けて<ア>地点を進行している原告車両を発見し、急制動をかけたが間に合わず、同図面<×>地点において原告車両に衝突し(衝突時の被告車両の位置は同図面<3>地点、原告車両の位置は同図面<イ>地点)、原告車両は同図面<ウ>地点に転倒し、被告車両は同図面<4>地点に停止した。

原告紀伊は、本件交差点手前において被告車両に気がついていたが、被告車両が減速したのを見て、停止するものと考え、本件交差点内に進入した。原告車両は無灯火であった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が本件交差点に直進進入するにあたり、右方から直進進行してくる車両の有無・動静に注意し、安全を確認して進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と進行した過失のために起きたものであると認められる。しかしながら、その反面において、原告紀伊としても、一時停止規制の道路から本件交差点に進入する以上、交差道路を進行する車両の動静につき一定の注意を払いつつ進行することが期待されたというべきであるところ、前記事故態様によれば、被告車両の動静について注意を欠く点があったことは否定できないし、本件事故現場が照明により比較的明るい状態であったといっても、無灯火で自転車を運転すること自体危険な行為である。それゆえ、一方的に被告の過失のみをとがめるのは公平に反する。したがって、本件においては、前認定の一切の事情を斟酌し、五五パーセントの過失相殺を行うのが相当である。

二  争点3について(原告紀伊の損害額)

1  証拠(甲二、六、七、乙一、原告紀伊本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告紀伊(昭和八年二月二七日生)は、本件事故当時、水門鉄扉の設置工事を主たる業務とする原告会社の代表取締役を勤め、仕事の割り振り及び段取り、下請業者の選定、人員配置、現場監督の外、現場責任者として現場代理人としての立場で役所への報告等の業務に従事していた。

原告紀伊は、本件事故当日の平成七年二月四日、救急車にて河台外科病院に搬送され、頭部擦過傷、腰部打撲の傷病名で診察を受けたが、仕事になるべく支障がないように原告会社の近くの病院へ転医したいと希望した(実通院日数一日)。

(二) そこで、原告紀伊は、平成七年二月六日、竹中消化器科外科クリニック(以下「竹中クリニック」という。)に転医し、同日、頭部挫傷、頸椎捻挫、右第一、二、三、四腰椎横突起骨折と診断され、同月九日に明治橋病院にて施行されたMRI検査で、診断医から脳挫傷は認められないが、両前頭部に液蓄溜が認められること、まれに慢性硬膜下血腫に移行する場合があるとの見解が述べられ、同日、前頭部硬膜下水腫の診断名が追加された。次いで、同月二七日に明治橋病院にて施行された頭部CT検査では、硬膜下水腫はほぼ消失し、頭痛の原因となる病変はなく、同じく同年四月一二日に施行された頭部CT検査では、硬膜下水腫は認められず、その他著変はみられなかった。その後も、原告は、頭痛、項部痛、腰痛等を訴えたが、特に変化はみられなかった。竹中クリニックでは、主として温熱療法、介達索引(首・腰)による療法が行われた(平成八年七月三一日までの実通院日数一三八日)。

(三) 竹中クリニックは、平成八年七月三一日をもって、原告紀伊の症状が固定した旨の診断書を作成したが、同診断書によれば、自覚的には、頭部不快感、頸部痛、頭痛がよく起きる、事故後記憶力が低下し、根気がなくなってきたとされ、他覚症状及び検査結果としては、<1>頸部筋群の圧痛、左頸部筋の硬縮軽度にある、いわゆる肩凝り状態として残っている、頸部運動障害はなし、<2>腰椎横突起骨折は略改善されているが、第四横突起の一部は分離状態、圧痛(プラス)なるも運動障害はなし、<3>硬膜下水腫については当初よりは改善の様子とされている。

(四) 自算会調査事務所は、原告紀伊の後遺障害につき等級非該当と判断した。

2  損害額(過失相殺前の損害額)

(一) 治療費 九三万一九三九円

原告紀伊は、本件事故による傷病の治療費として、九三万一九三九円を要したと認められる(弁論の全趣旨)。

(二) 雑費(装具代、文書費) 三万〇七七三円

原告紀伊は、本件事故による表記費用として、三万〇七七三円を要したと認められる。(弁論の全趣旨)。

(三) 休業損害 認められない。

原告紀伊は、本件事故当時の年収が五七六万円であるとし、これを基礎として平成七年二月四日から同年一〇月一五日まで二五四日間の休業損害を主張する。しかしながら、証拠(甲四、五、九ないし一二)によれば、原告紀伊は、原告会社から役員報酬として、第二四期(平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日)は五二二万円、第二五期(平成四年一〇月一日から平成五年九月三〇日)は五五八万円、第二六期(平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日)は五七六万円、第二七期(平成六年一〇月一日から平成七年九月三〇日)は五八八万円、第二八期(平成七年一〇月一日から平成八年九月三〇日)は六〇〇万円、第二九期(平成八年一〇月一日から平成九年九月三〇日)は六八〇万円それぞれ支給されたことが認められ、右事実によれば、原告紀伊には、右休業期間中(平成七年二月四日から同年一〇月一五日まで)における現実の減収は存せず、休業損害は認められない。他に原告紀伊に休業損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

(四) 逸失利益 認められない。

前記1の認定事実に照らしても、原告紀伊につき、後遺障害別等級表に該当する後遺障害を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお、前記(三)のとおり、現実の減収も認められない。)。

したがって、後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(五) 通院慰謝料 九五万円

原告紀伊の傷害の程度、通院期間等を考慮すると、右慰謝料は九五万円が相当である。

(六) 後遺障害慰謝料 認められない。

原告紀伊につき、後遺障害別等級表に該当する後遺障害を認めることはできず、他に後遺障害慰謝料を計上すべき事情は認められない。

3  過失相殺後の金額 八六万〇七二〇円

以上掲げた原告紀伊の損害額の合計は、一九一万二七一二円であるところ、前記一の次第でその五五パーセントを控除すると、八六万〇七二〇円(一円未満切捨て)となる。

4  損害の填補分を控除後の金額 存しない。

原告紀伊は、本件交通事故に関し、被告から合計九六万二七一二円の支払を受けているから(前記争いのない事実)、これを過失相殺後の金額八六万〇七二〇円から控除すると、残額は存しない。

5  弁護士費用 認められない。

原告紀伊につき、損害の填補分を控除後の金額は存しないから、相手方に負担させるべき弁護士費用は認められない。

6  まとめ

よって、原告紀伊の請求は理由がない。

三  争点4について(原告会社の損害額)

1  証拠(甲四、五、七ないし一〇、一三、一四、原告紀伊本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告会社は、水門鉄扉の据付施工を行う会社であり、その業務形態は、得意先より工事を下請し、外部業者(孫請業者)に発注したり、人夫を雇って仕事を完成するというものである。原告会社の原告紀伊はその代表取締役であり、営業活動、工事の割り振り・段取り、現場監督、役所への報告等の業務を行っていた。役員報酬を受けている取締役は原告紀伊のみであった。原告会社は、従業員二名とパート一名を雇い入れており、従業員二名は原告紀伊とともに現場に赴き、現場作業を担当し、パート一名は事務の仕事を行っていた。

(二) 本件事故日(平成七年二月四日)から原告紀伊が現場に復帰した平成七年一〇月までに受注できた仕事は、本件事故以前に既に内示を受けていた請負工事一件の外は、他の下請先に原告会社の従業員を作業員として派遣する常傭仕事(しかも一つ一つの常傭仕事はごく短期のスポット的なものにすぎない。)が虫食い的にあっただけであり、何も仕事のない期間が長かった。これに対し、本件事故前においても、常傭仕事はあったものの、一つ一つの常傭仕事は比較的長い期間のものを引受けることができ、しかも、常傭仕事の期間(本件事故前々年期である第二五期は合計三か月強、前年期である第二六期は合計二か月弱)以外の期間は請負仕事でほとんど埋まっている状態であった。

原告会社の営業利益の推移をみると、第二四期は四三七万七一六二円、第二五期は一四五万〇九九七円、第二六期は三〇六万七一六六円、第二七期は七八万五一二〇円である。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、原告会社は、いわゆる個人会社であり、その業務は代表者たる原告紀伊の個人的な能力に負うところが大きいと認められ、原告紀伊には機関としての代替性がなく、原告紀伊と原告会社との間には経済的一体性があると認められる。

そして、第二四期から第二六期までの営業利益の平均が一期あたり二九六万五一〇八円であることにかんがみると、第二七期においては、原告紀伊が本件事故に遭わなければ、景気変動等本件事故以外の要因による影響を勘案しても、少なくとも二三〇万円を下らない営業利益を上げることができたものと推認される。したがって、原告会社は、右二三〇万円と第二七期における現実の営業利益七八万五一二〇円との差額である一五一万四八八〇円の損害を被ったものと認められる。

3  過失相殺後の金額 六八万一六九六円

以上掲げた原告会社の損害額である一五一万四八八〇円につき、前記一の次第でその五五パーセントを控除すると、六八万一六九六円となる。

4  弁護士費用 七万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告会社の弁護士費用は七万円をもって相当と認める。なお、原告会社は、弁護士費用につき、遅延損害金を求めていない。

5  まとめ

以上によれば、原告会社の損害賠償請求権(元本)の合計は七五万一六九六円となる。

四  結論

以上の次第で、原告紀伊の請求は理由がなく、原告会社の請求は七五万一六九六円及び内金六八万一六九六円に対する本件事故日である平成七年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面 交通事故現場見取図

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